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熊本地方裁判所 昭和56年(行ウ)8号 判決 1983年1月31日

原告 深見正夫

被告 佐藤義治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は甲佐町に対し、金三七万七〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は訴外甲佐町の住民であり、被告は甲佐町長である。

2  甲佐町職員の定数に関する条例によれば町長の事務部局の定数は一三一名であるところ、被告は右条例に違反し、別紙のとおり定数を超えた職員を任用してこれに給与を支給し、甲佐町に合計金三七万七〇〇〇円の損害(損害額は同時に任用した職員の平均給により計算。月未満は日割とし、千円以下は切捨。)を与えた。

3  よつて甲佐町は被告に対し右金額の損害賠償請求権を有する。

4  原告は昭和五六年六月一二日、甲佐町監査委員に対し、前記2記載の被告の給与支給についての住民監査請求をしたところ、同監査委員は同年八月一一日、原告に対し損害賠償請求の措置はしない旨通知した。

よつて原告は、被告に対し地方自治法(以下「法」という。)第二四二条の二第一項第四号により甲佐町に代位して、甲佐町に対し前記損害金三七万七〇〇〇円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

被告が甲佐町に対し損害を与え、甲佐町が被告に対し損害賠償請求権を有するとの点を除き請求原因事実を全て認める。

なお普通地方公共団体の長が、条例で定められた定数を超えて職員を任命した場合には、その任命行為は違法であるが、当然無効ではなく、地方公共団体と当該職員との間には有効な雇用関係が成立すると解されている(最判昭和三九年五月二七日)。

したがつて本件においても原告主張の被告の各任用が甲佐町職員の定数に関する条例第二条に違反するものであつたとしても、右各任用による雇用関係は有効に成立したものであり、右各任用による職員らはその職務に忠実に勤務し、労務を提供したのであるから、甲佐町はその労務の対価としての給与を支払うべきであつて、甲佐町が右職員らに給与を支払つたことは当然であり、甲佐町には何らの損害も発生していない。

また、仮に右雇用関係が無効であるとしても、甲佐町は、右各任用による職員らからその職務に忠実に勤務したことによる労務の提供を受けたのであるから、甲佐町が同人らに対し、その労務の対価として給与を支払つたとしても、甲佐町には何らの損害も発生していない。

三  被告の主張に対する原告の反論

法第二条第一五項は「地方公共団体は法令に違反してその事務を処理してはならない。」と規定し、同条第一六項は、法令に違反して行つた地方公共団体の行為は、これを無効とすることを明定している。

従つて、甲佐町職員の定数に関する条例第二条に違反した被告の各任用行為は無効であり、無効な任用行為により任用された職員に給与を支給することは公金の違法な支出に該当し、被告は甲佐町に対し、右支給給与と同額の損害を与えたものである。

第三証拠<省略>

理由

請求原因事実については、被告が甲佐町に損害を与え、甲佐町が被告に対し損害賠償請求権を有するとの点を除き、当事者間に争いはない。

そこで被告が原告主張の職員を任用し、これに給与を支給したことにより甲佐町に損害を与えたか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告主張の各職員は、原告主張の期間それぞれ甲佐町職員として勤務し労務を提供した事実が認められ、右認定に反する証拠は存在しない。

右事実によれば甲佐町は各職員から労務の提供を受け、これに対する対価として給与を支給したものと認められるところ、右のような事実関係の下では、甲佐町には被告の行為による損害は生じていないものと推認され、右推認を覆すに足る証拠は存在しない。

ところで、法第二四二条の二第一項第四号は、地方公共団体が蒙る財産上の損害の補填を目的とするものであるから、客観的な財産上の損害が生じない限り同条同号による請求は認められないものと解すべきである(最判昭和五五年五月一日参照)。本件においては、前記のとおり甲佐町に損害が発生したとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。

よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弘重一明 吉武克洋 丸地明子)

別紙<省略>

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